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ザビエル in Goa
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私がオールドゴアを訪れた二日後が、この街最大の祭「フランシスコ・ザビエルの祝日」。
ボム・ジェズス教会では数千人の来場者のための会場作りが行われていた。


フランシスコ・ザビエルといえば、日本にキリスト教を伝えた人物として誰でも知っている聖人だが、私にとっては、偉大なる旅行者としていつも存在している。

ザビエルが生きていた頃の地球は、まさに大航海時代。
バスコ・ダ・ガマがインド航路を発見してから40年ほど経った頃、ザビエルはリスボンを出発し、ガマのインド航路を辿って、西インドのゴアに到着。それから10年以上に渡って、マラッカ、モルッカ、中国、そして日本と、ジャンク船でめまぐるしく旅を続ける。

布教という使命があったにせよ、風を頼りに、長距離を頻繁に航海する旅は、現代では想像できないほど危険がいっぱいの命がけの旅だっただろう。

長旅が身体をむしばみ、ついに1552年、中国広州で病死。しかし、なんと死んだ後も旅を続ける。なぜか遺体は腐食せず、弟子の手で1年掛けてゴアに移送され、ゴアの教会に安置された後も、150年に渡ってその遺体はミイラ化せず、新鮮なままだったという。

1994年の遺体公開の時に、立花隆がゴアのボム・ジェズス教会を訪ね、遺体がエアコンも特別な措置も施されていない所に置かれていることに驚いたという記事をどこかで読んだことがある。
(10年ごとの遺体公開、次回は2014年の予定)

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私がボム・ジェズス教会を訪れたとき、黄金が張り巡らされ、まばゆいばかりの祭壇の傍ら、手の届きそうなほどの至近距離に、ザビエルは眠っていた。

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大理石でできた三層の墓。最上段の銀の棺にザビエルが眠る。黄色い枠の窓からいまではミイラ化したザビエルの遺体が見える。

棺にはいくつもの窓があり、中の遺体の様子が伺えるようになっているのだが、下から見上げる高さにあるので、近寄れば窓が見えず、離れれば遠くてよく見えない。

立花隆が驚いたように、ガラス張りの空調に阻まれることなく、ザビエルを包んでいるのと同じ空気を呼吸しながら、500年の歳月を超えて大旅行家と対面できる不思議さにとまどいを感じながら、棺の周りを三度も回った。

ゴアは、こうして時空を超えてビートルズを、スティーブ・ジョブズを、そして多くのヒッピーたちやレイヴァーたちを呼び寄せ、多くの影響を与えてきた。

西に開いた海と、そこへ導いてくれるモンスーンのおかげで、西洋と東洋が結ばれた16世紀から500年を経て、グローバリゼーションに疲れた人々がふたたびゴアに足を運ぶ。
私も、マネー第一主義の社会に疲れた一人なのかも知れない。

ザビエルさん。
原発やら、財政危機やら、テロやら、500年前には存在しなかった大きな力に地球は振り回されています。
これから地球はどうなっていくんでしょうかねえ?
混沌と出口無しの閉塞感。
国家や、宗教はこれらを解決できるんですかね?
哲学と、世界の事情に長け、真理への探求心と冒険心を持ったあなたのようなひとこそ、いまの地球には必要なんだと思います。


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教会の裏手には、巡礼者のための炊事や野宿ができる施設が用意されている。
食事の用意を見ていたら、あんたも食べるか? とおばあさんが誘ってくれた。異教徒の見ず知らずの者にまで声を掛けてくれるとは。


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教会そばの聖アウグスティヌス教会跡。大学のゼミ生を引き連れた先生が、「うちのゼミの女子学生は美人ばかりだから写真を撮れ」とうるさい。手前の男性が冗談連発のセンセー。こんな大学なら楽しい。

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宗教裁判と伝染病によって衰えたオールドゴアに代わってゴアの都となったパナジの街。
オールドゴアが遺跡の街化しているのに対して、パナジはいまでもポルトガルが生きている街。
鮮やかな色彩が街に溢れ、リトル・リスボンという雰囲気だ。


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古いカフェの入口で。インド女性にもケータイは欠かせない時代です。


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道にせり出したテラス。行き交う人を眺めながらチャイをすする。他のインドにはない、ゴアならではのゆるやかな時間が流れる。
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by shonanvil | 2011-12-25 18:37 | じゃらん日記NEW
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